サンプルブルー💙💙💙💙

 夢の中で恋をしたことはあるだろうか。おれは今朝方それをしたが、当然夢の中だけの話なのでさっき起きてしまってその子と一生会うことが叶わなくなった。そう、だいたいの恋愛と同じだ。

 もし説明不足だったとしたら野暮な注釈をするが、夢の中で出会うそういう女の子は現実世界の誰にも似ていない、限りなくオリジナルな女の子だ。おれは今のところ完全にノーマルなヘテロだと思っているので、極めて女性的なヒロインばかりがでてくる。夢ならあなたがどんな性的指向を持っていても関係ない。何をしても自由なのだから、恋に落ちることだってある。おれが今朝洗濯機の音のせいで起きてしまって格別に悲しい気持ちになったのは、それだけ、パーフェクトな女の子だったからだ。そりゃ、そうだろう？

 自分のことは文学オタクなんて言いたくないけれど、我々が大好きな人間をジャンルで区別する遊びでたいていそのカテゴリに入れられるので、つまりおれは一般的な日本人のヘテロとして、文学オタクがもっている男性的な性的指向を夢に投影させてきた。文学オタクが求める極めて男性的な性的指向とは？それは女性の従順さだ。

 簡単に言いすぎた。従順さというのは色々ある。

 まず個人的な「おれ」への服従を意味する従順さ。おれは自分のことを文学オタクだとは思ってないし、皆が皆、自己と他己を一致して見ることはできない(就活をしたりすればこの自己と他己の歪んた関係が綺麗に矯正される。素晴らしい)のだけど、だからこそみんな自分だけが理解できるパートナーを求めているし、そいつに対して自分だけを理解するように求める。自己と他己の矛盾した関係を二人の間で完結させてしまえばいいということだ。これはおれにとって割と理想的な女性との関わり方で、つまり無能な日本の男が思い描く理想の男女関係ということになる。関わるべきではない。

 そんなのうまくいくわけがないから理想なのだ。未だに頭のなかでは封建型社会が機能していて家父長制の幻想をみているおれとか、男だとか女だとかに囚われてるおまえだとか(おまえ、そう、おまえのことです)が下手クソをやるからだ。

 おれや、そう、おまえみたいな奴らは、他よりパワーのある男への憧れがあるし、パワーを持った男に征服されたいと思っている。厄介なことは、それに加えて知性への憧れが追加されるということだ。旧型の価値観を持った人間は聡明さと孤独とは友人だと思い込んでいる。

 暴力的だけど内面に孤独を飼っているとか、そういった類の自己と他己の乖離とかがね。(そもそも寂しいやつこそが人に暴力的になれるのだが)

 こういうつまらない説明はこれで終わりにする。要は身の回りの世話をなんでもやってくれるママンが欲しいなってことだ。

それ以外に書こうとしていたことは、予定調和化された恋愛ドラマ的な文脈への従順さ、ヘテロの男の性欲を十分に満足させる見た目とか、喋り方とか、そういうことだ。読者の皆さんなら理解してくれるでしょう。

 今朝の子が素晴らしかったのは、そういった一連の慣習を裏切ってきたからだ。たとえば、彼女はバイセクシャルだった。つまらねえ黒髪乙女の呪縛が一瞬だけ切れたのだ。

 彼女とは何かの学校で知り合った。おれの夢には意味が曖昧な公共空間がよく登場する。前の席に座っていた。毛先がパサついた金髪で、そばかすが目立った。変な色のシャツを着ていた気がする。劇団の養成所なんかにいそうなタイプだけどそうじゃない。彼女にはきっと将来の夢なんかないからだ。彼女とおれは初対面ではなかったが、まだそんなにお互いのことは知らなかった。彼女はおれにあまり興味がないからそういう話もしてこなかったからだ。ああ、おれはおれ自身に興味がない女性ばかり好きになるっていうのは覚醒時と一緒だ。

 喋り方が特に素敵だった。彼女は巷の話題とかそういう世間話的なことに一切の関心がなくて、ずっと自分の話かおれによく分からない質問をしてきた。多分授業中だったと思う。それを聞いてどうするんだ？っていう。社会に興味がないから誰かの悪口とかも一切言わなかった。だけどキュウリが嫌いだのなんだのはよく喋っていた。なんだか書いているうちに懐かしい気持ちになってきた。昔好きだった人のことを書いてるみたいだ。まあそうなんだろうけど。今のところ社会への関わりが希薄な方なので、余分な記憶のスペースを、こういうくだらないことに使えるのだ。これは幸運なことだ。引きこもりのイルマは中学時代の話ばかりする。記憶がそこで止まっていてあとは実家か、バイト先のファミマで見る風景だからだ。これは素晴らしいことだ。

 その、そばかすの子とテレビを見ていた。その子はきっと普段テレビなんて見ないからおれがつけたんだと思う。はじめて収録に来たくらいの若手お笑い芸人が出てきた。太った女と背の低い女のコンビ。その子が唐突に「ああ、これ私の元カノ。」と画面を指差していった。どちらの方のことかは知らない。「まあ、どっちが彼氏で彼女なのかは最後までわかんなかったんだけどね。」といって彼女は薄い唇をニカっとした。それで目が覚めて、カジュアルな喪失をした。しばらく迷ったが、二度寝することにした。東北に実在する好きな子のことを考えながら寝た。

 三軒茶屋から吉祥寺まで夜中かけて歩いたことがある。1人で時間をかけて歩いたのははじめてだ。なぜかは忘れた。なんとなくもう帰りたかたったからだ。キリンジをきいていた。首都高の高架下を抜けて413号線を永遠に歩き始める手前、ふと空が明るくなったので見上げると流れ星が落ちてくる光だった。少し怖いくらい巨大な流れ星だった。その気になれば願い事を言い切れるくらいの間点滅していた。地球をめちゃくちゃにしてくれればいいのにとは思ったが燃え尽きた。キリンジの選曲は素晴らしかった。世界に1人だけにしてくれた。1月の夜中にこんな道路を歩いてる馬鹿はいないからだ。集合住宅の貯水槽とかを見ていた。いくつかかっこいいアパートがあった。灰色の大きなアパートは好きだ。あの頃から痩せた。白髪も増えたからまた髪を染めてもらおうと思う。