お前の運命の人くらいお前が決めろ

 ユーミンは深夜のデニーズで歌詞を書いていたらしい。用賀にある24時間営業のデニーズで、明け方、トレンディなカップルたちの会話に密かに耳を傾けながら、ノートにラブソングを綴っていたそうだ。それを知るとやはりデニーズという場所がファミレスの中では少し特別な存在に見えてくる。おれはユーミンが大好きだからだ。

 そもそもおれは東京に来るまでデニーズなんて知らなかった。デニーズが10代の輝かしい思い出だったことはないが、その代わりにいつもジョイフルがあった。ジョイフル。素晴らしい響きだ。これもやはり九州、中四国出身の読者ならば身に覚えがあるだろう。

 大学の帰りに、高校時代友達が一人もいなかったコバヤシをサイゼリヤに連れていったらひどく感動していた。コバヤシは本当に友達がいなかったので10代のうちに経験していなければならない様々なことに対して非常に乏しく、よくわけのわからんことで感動している。「青春の日常」カテゴリのコンテンツに対して他人より感度が3000倍敏感になってしまっているのだ。おれはそのガバいセンサーにつけ込んでコバヤシに様々なエンターテイメントを提供してやっている善人のツラをしたいわば青春版武器商人ともいえるような人間だ。

(出典) ろるらりちゃん ‪@rorurari ‬

 「青春」を感傷の材料として使うやつはミジメだ。

 いちいち過去のある時点に振り返って「ああ、あの頃は楽しかったなあ」となるのは人間の性質なのでそれはどうにもならないのだが、そんな記号化できない感情議論はそこで終了させたほうがいい。それか居酒屋で話題が途切れた時に言えばよろしい。

 たいていの感傷クソマゾ野郎がつぎに喋ることは「それに比べて今はこんなうだつの上がらない生活を送っていて...」だとか「あの頃に戻れたらなあ」だとか。酷いのになると「ユーミン世代に生まれていればもっと楽しかったのに」などだ。そういう奴は股間を潰したあとクソだらけの汚い肥溜に突っ込んだほうがいい。

 自分の無能さを時代や環境のせいにするやつに明るい未来はない。

 文字上の全能感に身を任せて暴言ばかり書きたくなっているが冷静になる。おれ自身が今までずっと感傷クソマゾ野郎だったので自戒の意を込めてこういっている。たいていの感傷には実体がない。

 感傷とは、最初から存在しないものを現在の視点から立ち返ってあたかもそれを自分が喪失してしまったかのように振る舞っている状態のことをいう。

 悲劇ごっこだ。つまり何の意味もない。現在を真っ当に生きる覚悟のない腑抜けが、傷だらけの心に「感傷」という塩を塗り込んで痛みを悦ぶためのキモい逃避の手段である。

 なにがいいたいのか自分でも分からなくなってきたが、おそらくは時間の無駄なのである。ナヨナヨ趣味のやつに構っている暇などない。

 おれはofficial髭男dismのpretenderが大っ嫌いだ。大っ嫌いなモノが世に広く受け入れられていると寒気がするので今からこのブログで一々攻撃することにする。

 全体を通して「僕」が好きな女をモノにできなかったことを第三者視点に仮託して嘆いている歌詞だ。あたかも「全て終わってしまった」かのような調子で淡々と口当たりのいい言葉ばかり選んでいるのは、好きな女が今頃別の男と寝ていることを妄想してひとり、部屋でオナニーしている、てめえの粘ついた嫉妬と性欲を隠すためだ。

 それは見え透いている。主人公のこいつは、好きな女を必死に想っているようで、実は自分のナヨナヨなハートを保護することが最優先なのだ。

 もっと違う設定で　もっと違う関係で
出会える世界線　選べたらよかった
もっと違う性格で　もっと違う価値観で
愛を伝えられたらいいな　そう願っても無駄だから

 こんなのは無能な自分を認めたくないからだ。認めた瞬間に好きな女との関係性どころか自分のポリシーが破壊されてしまうからだ。すなわち「感傷に浸っていたい僕のかわいさ」という。

 誰かが言っていたことだが、愛を得るためには闘わなくてはならない。好きな相手に身も心もすべて捧げたいと思い、好きな相手をすべて独占したいと思い、時には殺したくなるほど憎い気持ちにならなければならない。愛を得るためには血だらけにだってなるだろう。それ以外のものがみな台無しにだってなるかもしれない。

 愛は、それくらい尊いものだ。温室に愛はない。

 「君の運命のヒトは僕じゃない」などは論外だ。お前の運命の人くらいお前が決めろ。

白夜 (角川文庫クラシックス)

 うつ病のじいちゃんの書斎に招かれて「これを読め」と言われた。ドストエフスキーの「白夜」という短編だ。あまりにも素晴らしかった。2020年上半期一番良かった本は間違いなくこれになる。物語のなかで「若い男の感傷ほど価値のないものはない」と書かれていた。だがこの物語は結局、未熟な若者の感傷で締めくくられている。それでも素晴らしいのは、失った過去を悔やむのではなく、喪失を、次の朝へ向かう前向きなエネルギーへと向かわせているからだ。

 皆さまには是非読んでほしいです。そろそろポジティブになりましょうね。